山石 韓愈

shan shi
山石 荦確として行徑微なり
黃昏 寺に到れば蝙蝠飛ぶ
堂に升り 階に坐すれば新雨足る
芭蕉の葉大にして梔子肥ゆ

僧 言ふ 古壁の佛畫好しと
火を以て來り照らせば 見る所稀なり
床を鋪き 席を拂ひて羹飯を置く
疏粝も亦た足る 我が飢を飽かすに

夜更けて靜かに臥せば百蟲絕え
清月 嶺を出でて光 扉に入る
天明 獨り去りて道路無し
出入り高下して煙霏に窮す

山紅く 澗碧くして紛れも爛漫たり
時に見る 松栎の皆十圍なるを
流れに當りて赤足にて澗石を蹋み
水聲激激として風 衣を吹く

人生 此の如くして自ら樂しむ可し
豈に必ずしも局束して人の鞿と為らんや
嗟哉 吾が黨の二三子
安んぞ老に至るまで更に歸らざるを得ん

詩句原文:

「山石」
山石荦确行径微, 黄昏到寺蝙蝠飞。
升堂坐阶新雨足, 芭蕉叶大栀子肥。
僧言古壁佛画好, 以火来照所见稀。
铺床拂席置羹饭, 疏粝亦足饱我饥。
夜深静卧百虫绝, 清月出岭光入扉。
天明独去无道路, 出入高下穷烟霏。
山红涧碧纷烂漫, 时见松枥皆十围。
当流赤足蹋涧石, 水声激激风吹衣。
人生如此自可乐, 岂必局束为人鞿?
嗟哉吾党二三子, 安得至老不更归?

韩愈

漢詩鑑賞:

この詩は唐徳宗の貞元十七年(801年)七月、韓愈三十四歳の時、徐州より洛陽に赴く途中の作である。前年、韓愈は汴州幕府を離れ、徐州節度使張建封の幕中に転じた。張建封と意見が合わず、心情郁結し、程なく辞職して洛陽に向かった。途上、洛陽の北にある惠林寺に宿し、感有りて發し、此詩を書き遺したのである。

此詩の名は「山石」と謂い、首句の二字を取りて題と為す。専ら山石を詠むにあらず、行脚僧の遊ぶ筆法を以て、一回の完全なる山寺夜宿と晨行の經歷を記錄す。詩中には自然山水への傾心讚美有り、官場の束縛への深い厭倦有り、簡朴なる生活への滿足感恩有り、同道中人への深情の呼びかけ有り。全詩一気呵成、行雲流水の如く、韓愈詩歌に於いて得難き閑適の一面を展す。後人に「昌黎詩中最も清越なる者」と譽めらる。

第一段:山石荦确行径微,黄昏到寺蝙蝠飞。升堂坐阶新雨足,芭蕉叶大栀子肥。
Shān shí luò què xíng jìng wēi, huáng hūn dào sì biān fú fēi. Shēng táng zuò jiē xīn yǔ zú, bā jiāo yè dà zhī zǐ féi.
山石荦确として行径微かに、黄昏寺に到りて蝙蝠飛ぶ。堂に升り階に坐す新雨足りて、芭蕉葉大いに栀子肥ゆ。

開篇「山石荦确」を以て起筆し、山路の崎嶇險艱を描き出す。「行径微」の三字は更に幽深の感を添う。「黄昏到寺」は時間を交代し、「蝙蝠飛」は暮色の訪れを寫實すると同時に、古寺の荒寂なる雰囲気を醸成す。後二句は筆鋒陡に轉じ、堂に升り階に坐し、雨後に萬物の一新するを發見す。「芭蕉葉大に栀子肥ゆ」の中、「大」と「肥」の二字は極めて妙なり——寫實であると同時に、詩人心情の投射でもある。山路の艱險を經た後、眼前のこの生機盎々たる景象は、恰も一種の褒賞と慰藉の如し。

第二段:僧言古壁佛画好,以火来照所见稀。铺床拂席置羹饭,疏粝亦足饱我饥。夜深静卧百虫绝,清月出岭光入扉。
Sēng yán gǔ bì fó huà hǎo, yǐ huǒ lái zhào suǒ jiàn xī. Pū chuáng fú xí zhì gēng fàn, shū lì yì zú bǎo wǒ jī. Yè shēn jìng wò bǎi chóng jué, qīng yuè chū lǐng guāng rù fēi.
僧言ふ古壁の佛画好しと、火を以て來り照らすに見る所稀なり。床を鋪き席を拂ひ羹飯を置く、疏粝も亦た足れり我が飢を飽かすに。夜深く靜かに臥せば百虫絕え、清月嶺を出で光扉に入る。

此段は寺に夜宿する經歷を寫し、四組の畫面が層を成して推し進む。「古壁佛画」は僧の推薦、「火を以て來り照らす」は詩人の探求、「見る所稀なり」の三字は、壁畫の斑駁模糊を寫すと同時に、世事滄桑の感觸を暗に含む。次に寺僧の手厚きもてなしを書く。「床を鋪き席を拂ひ」「羹飯を置く」の二動作は主人の行き屆きを書き、「疏粝も亦た足れり我が飢を飽かす」は詩人の隨遇而安の平和な心境を見る。夜深く人靜まる時、「百虫絕」と「清月嶺を出づ」とは相映じて趣をなす。蟲聲の消失は夜の靜けさを反照し、月光の灑入はこの靜夜に一抹の清冷な美感を添える。四句の間、動より静に入り、外より内に入り、層次分明。

第三段:天明独去无道路,出入高下穷烟霏。山红涧碧纷烂漫,时见松枥皆十围。当流赤足蹋涧石,水声激激风吹衣。
Tiān míng dú qù wú dào lù, chū rù gāo xià qióng yān fēi. Shān hóng jiàn bì fēn làn màn, shí jiàn sōng lì jiē shí wéi. Dāng liú chì zú tà jiàn shí, shuǐ shēng jī jī fēng chuī yī.
天明獨り去りて道路無く、出入高下して煙霏を窮む。山紅く澗碧くして紛爛漫たり、時に松枥の皆十圍なるを見る。流に當たりて赤足にて澗石を蹋み、水聲激激として風衣を吹く。

第二日の晨行に移り、全詩寫景の華彩樂章なり。「道路無く」は晨霧の濃さを書き、「煙霏を窮む」は穿行の遠さを書き、兩句は清晨山行の迷離の感を淋漓と書き盡くす。緊いて「山紅く澗碧くして紛爛漫たり」の七字は、濃墨重彩を以て山色を描く。紅きは山花、碧きは澗水、「紛爛漫」の三字は色彩の絢爛と蓬勃たる生命力とを同時に托し出す。「時に松枥の皆十圍なるを見る」は色彩の絢爛より樹木の古朴に轉じ、一濃一淡、相映じて趣をなす。最後の二句は自ら「赤足にて澗石を蹋む」親水の樂しみを書き、「水聲激激として風衣を吹く」は聲觸、風觸を以て收束し、人と自然の交融を頂点に押し上げる。

第四段:人生如此自可乐,岂必局束为人鞿?嗟哉吾党二三子,安得至老不更归?
Rén shēng rú cǐ zì kě lè, qǐ bì jú shù wèi rén jī? Jiē zāi wú dǎng èr sān zi, ān dé zhì lǎo bù gèng guī?
人生此くの如く自ら樂しむべし、豈必ずしも局束して人の鞿と為らんや。嗟哉吾が黨の二三子、安んぞ老いに至りて更に歸らざるを得ん。

結尾は寫景より抒情議論に轉じ、全詩の點睛の筆なり。「人生此くの如く自ら樂しむべし」は前文の遊歷體驗の總結——この「樂」は山水の惠みに由來し、更に束縛なき自由の狀態に由來す。「豈必ずしも局束して人の鞿と為らんや」は反詰を以て對比をなす。「局束」は官場の束縛を指し、「鞿」は本づ馬の手綱、人の牽制を受くるを喩ふ。一「自ら樂しむ」一「人の鞿と為る」、自由と束縛の對比、言はずして自ら明らかなり。最後の二句は同道中人を呼びかける。「嗟哉吾が黨の二三子」は嘆息であると同時に召喚でもあり、「安んぞ老いに至りて更に歸らざるを得ん」の「歸」の字は、自然に歸る、本心に歸るを指す。これは友への期許であると同時に、詩人の自勉でもある。

総合的な鑑賞:

この詩は韓愈詩中獨標一格、其の最大の特色は遊記の體を以て詩歌の實を為し、山水の樂を以て人生の思を寓すに在る。全詩は時間順に展開す。黄昏到寺、夜宿觀画、清晨獨行、一篇の精煉なる山水遊記の如し。されど韓愈の筆墨は紀遊に止まらず、彼は每一の景物に情感を注ぎ、每一の體驗に哲思を抽出し、この「遊記」を最終的に自由生命への深情なる禮讚へと昇華せしむ。

詩中最も動人なるは、詩人と自然との交融關係である。彼は自然の外に立って風景を「觀賞」するにあらず、全身全霊を以て其中に投入す。赤足にて石を蹎み、水流の激蕩を感じ、風衣襟を吹き、山野の清新を體得す。この「身を以て景に入る」書寫方式は、詩歌に強き身體感と在場感をもたらし、讀者はあたかも詩人の足跡に隨って、あの「水聲激激として風衣を吹く」の暢快さを共に感じ得る。

結尾の議論は特に精警なり。「人生此くの如く自ら樂しむべし」は前文の體驗の昇華、「豈必ずしも局束して人の鞿と為らんや」は官場生活への否定。されど詩人は極端に向かわず、「嗟哉」の嘆息を以て收束し、個人の感悟を同道中人への深情の呼びかけに轉化す。この超脫しつつも入世する態度こそ、韓愈人格の獨特の魅力である。

表現上の特徴:

  1. 遊記體の詩歌構造
    全詩は時間順に展開す。黄昏到寺—夜宿觀画—清晨獨行、線索清晰、層次分明。この構造は詩歌に紀遊の實錄性と抒情詩の感染力とを兼備せしめ、詩を以て遊を紀す新たなパラダイムを切り開く。
  2. 感官描寫の立體化
    詩中に多種の感官を充分に動員す。視覺上「山紅く澗碧くして紛爛漫たり」は色彩絢爛、聽覺上「水聲激激」は清脆悅耳、觸覺上「風衣を吹く」は清涼舒爽、更には温度感「清月嶺を出で光扉に入る」の微寒あり。この多感官の立體的書寫は、讀者をして場に臨ましむ。
  3. 動詞の精確傳神
    「堂に升り階に坐す」の「坐」、「床を鋪き席を拂ひ」の「鋪」「拂」、「流に當たりて赤足にて澗石を蹎む」の「蹎む」、いずれの動詞も動作の質感を精確に傳へ、詩に動態の畫面感を滿たす。
  4. 色彩の對比運用
    「山紅く澗碧く」の紅綠對比、「松枥の皆十圍」の古朴蒼勁と「芭蕉葉大に栀子肥ゆ」の鮮嫩豐盈、色彩の層次と張力を形成し、詩歌の視覺的衝擊力を強化す。
  5. 議論の自然なる切入
    結尾の議論は硬直した插入にあらず、前文の遊歷體驗より自然に引き出さる。「人生此くの如く自ら樂しむべし」は前文の「樂」の總結、「豈必ずしも局束して人の鞿と為らんや」は對比後の価値判斷、水到渠成にして説教の感なし。

啓示:

この作品が當代の讀者に與える核心的示唆は、如何にして現代生活の中に「本真の瞬間」を探し守るかに在る。韓愈が詩中に記錄したあの一夜一晨は、一度の偶然の投宿、一度の尋常の晨行に過ぎない。されど彼の全身全靈の投入により、生命中に複製し得ざる「本真の瞬間」となった。これは我々に注意を促す。眞の生活の質は、外在の條件に依存せず、我々が當下を感受する能力を備えているか否かに依存すると。「疏粝も亦た足れり我が飢を飽かす」の滿足、「赤足にて澗石を蹎む」の暢快は、いずれも環境が優れているからではなく、詩人が當下に安住する心を持つからである。

詩中「人生此くの如く自ら樂しむべし、豈必ずしも局束して人の鞿と為らんや」の對比は、現代人の核心的困境に觸れる。我々はしばしば「未來」の幸福のために「當下」の快樂を犠牲にし、他人の評價のために本真の渴望を抑圧する。韓愈は我々に教える。自由は遠方に在らず、每一次の自然との親密なる接觸の中に、每一次の足を緩める呼吸の中に在ると。

最後に、「嗟哉吾が黨の二三子、安んぞ老いに至りて更に歸らざるを得ん」の呼びかけは、同道中人への期許であると同時に、すべての讀者への問いかけでもある。我々はなおあの「老いに至りて歸らざる」を得る友を見出せるか?なおあの「老いに至りて歸らざる」を得る精神的家園を守り得るか?日増しに原子化する現代社會にあって、この精神的共同體への渴望は、おそらく韓愈の當年よりも一層切迫しているのである。

詩人について:

Han Yu

韓愈(かん ゆ)(768 - 824)、字は退之(たいし)、河南河陽(現在の河南省孟州市)の人。自ら「郡望昌黎」と称し、世に「韓昌黎」と号される。唐代古文運動の指導者。貞元八年(792年)に進士及第し、官は吏部侍郎(りぶじろう)に至った。諡号は「文」(ぶん)。その文章は気勢雄健で、『師説』『原道』などにより儒家の道統を確立した。詩は奇崛険怪(きくつけんかい)で、『山石』の「山石荦确行径微(さんせきらくかくこうけいび)」は「以文為詩(いぶんいし)」の風を開き、『左遷至藍關示侄孫湘(させんしらんかんじちつそんしょう)』の「雲横秦嶺家何在(うんおうしんれいいえいずこ)」は貶謫(へんたく)の悲憤を詠う。孟郊・賈島らを提携し、蘇軾に「文起八代之衰(ぶんはちだいのすいをおこす)」と称され、「唐宋八大家」の首位に列せられる。詩文は故を革めて新を鼎(あらた)め、影響は深遠で、後世「百代文宗」と尊ばれる。

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八月十五夜 張功曹に贈る 韓愈
ba yue shi wu ye zeng zhang gong cao

八月十五夜 張功曹に贈る 韓愈

纖雲 四卷きて天に河無し清風 空を吹き月 波を舒らす沙平にして水息み 聲影絕え一杯 相屬す可し 君 當に歌ふべし君が歌聲 酸にして辭 且つ苦し聽終ふる能はず 涙

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