妓雲英に贈る 羅隠

zeng ji yun ying
鐘陵に醉ひ別れて十余春
重ねて見る 雲英 掌上の身
我 未だ成名せず
卿 未だ嫁がず
俱に是れ人に如かざるが故か

詩句原文:

「赠妓云英」
钟陵醉别十余春,重见云英掌上身。
我未成名卿未嫁,可能俱是不如人。

罗隐

漢詩鑑賞:

この詩は、晩唐の詩人・羅隠が旧知の雲英に贈った作品である。晩唐社会は動乱し、政治は腐敗、宦官が権を握り、藩鎮が割拠する。科挙の場もまた濁りきっており、才ある者は下僚に沈み、生涯不遇に終わることさえ珍しくなかった。漂泊の人生を送り、諸方の幕府に身を寄せ、他人の庇護下で生きる羅隠は、世の冷たさと運命の悪戯とを、骨身に徹して味わい知っていた。詩中の「雲英」は、おそらく羅隠が若き日に鍾陵(今の江西省進賢県)で知り合った歌姫であろう。当時の詩人は世に出たばかりで意気盛ん、文名はあったが、まだ科挙での痛切な挫折を味わってはいなかった。雲英は若くして舞をよくし、容色技芸ともに優れ、歌楼酒場で最も輝く存在だった。あの「醉別」は、青春時代の一場の宴であり、酒に酔い耳熟れるうちに、互いの行く末がどこへ向かうかも知らずに別れたのである。

十余年の歳月は、あっという間に過ぎ去った。その間、羅隠は長安と各地の藩鎮を転々とし、何度も希望を胸に科挙の場へ入り、また何度も失意のうちに去った。文名は高まる一方で、心中の不平は深まり、詩文は天下に伝わったが、功名はいつまでも遠いままであった。

十余年後、詩人は再び旧地を訪れ、雲英と再会する。 この時の羅隠は、両鬢に霜を置き、なおも布衣の身、功名は成っていない。雲英は、風韻は残しているものの、相変わらず風塵に身をやつし、良縁に恵まれぬままだった。この瞬間の再会は、あたかも一つの鏡のようで、二人に共通する悲劇を照らし出していた。一つは才高くして遇われず、一つは色芸優れて帰する所なく。一人は科挙の場に捨てられ、一人は良縁に忘れられていた。 彼らは共に、あの時代の「余剰者」であり、運命によって片隅に遺(わす)れ去られた人間だった。詩人は、雲英の今なお軽やかな身のこなしを見つめ、かつての醉別の場面を思い起こし、眼前の互いの境遇と照らし合わせ、心中に複雑な感慨が去来した。雲英への賞賛と嘆息に託して、自らの才遇われぬ深い悲憤を吐露するとともに、「可能俱是不如人(あるいは倶(とも)に是(こ)れ人に如(し)かざるなるべし)」という自嘲の言葉をもって、不公な世相への冷厳な問いを発したのである。

首聯:「鍾陵醉別十餘春,重見雲英掌上身。」
Zhōng líng zuì bié shí yú chūn, chóng jiàn yún yīng zhǎng shàng shēn.
鍾陵(しょうりょう)に醉別(すいべつ)して十餘春(じゅうよしゅん)、重(かさ)ねて見(み)る雲英(うんえい)掌上(しょうじょう)の身(み)。

詩の冒頭、「醉別」の二字が、過ぎし日の名残惜しさを呼び起こす。あの別れは、酔いの朧ろげな中で果たされた。青春の熱気もあれば、前途を知らぬ迷いもあった。「十餘春」 の三字が、時の流れを書き尽くす。十余年ではなく、十余の春。一つひとつの春が再会への待望であり、一つひとつの春が互いへの忘却でもあったのだ。下の句「重ねて見る雲英掌上の身」は、趙飛燕の「掌上舞」の故事を引き、雲英の身の軽やかさ、風韻のなお残る様を極限まで描く。この「掌上の身」の三字は、賞賛であるとともに嘆息でもある。彼女は今も舞えるが、今もまた酒宴の間で舞うだけだ。彼女は今も美しいが、今もなお帰る所を持たない。 この聯は、過去から現在へ、別離から再会へと書き進み、温情のただよう中に、すでに時の残酷さが滲(にじ)み出ている。

尾聯:「我未成名卿未嫁,可能俱是不如人。」
Wǒ wèi chéng míng qīng wèi jià, kě néng jù shì bù rú rén.
我(われ)未(いま)だ成名(せいめい)せず卿(けい)未だ嫁(か)せず、可能(かのう)倶(とも)に是(こ)れ人(ひと)に如(し)かざるなるべし。

この聯は詩の核心であり、千古に絶する名句である。「我未だ成名せず」 は、詩人が自らの生涯を総括する一言。才学に満ちていながら、幾度も科挙に落第し、世を済(すく)わんと志しながら、幕府に困頓(こんとん)する。「卿未だ嫁せず」 は、雲英の運命を描写する。色芸ともに優れながら風塵に身を沈め、生涯を託すべき人を得られぬ。二句を並置することで、二人の運命をしっかりと結びつける。一人は才高くして遇われず、一人は美貌あって帰する所なし。ともに世俗の基準に見捨てられた者である。 下の句「可能倶に是れ人に如かざるなるべし」は、反語(はんご)をもって表される。表面は自嘲と自虐だが、実は鋭い刃を含んでいる。この「人に如かざる」の三字は、逆説(ぎゃくせつ)であり、弾劾(だんがい)であり、冷笑である。我々は本当に人に及ばないのか?それともこの世の基準がそもそも逆さまなのではないか? 詩人は答えを出さない。出す必要もない。この一問が、すべての悲憤、甘んじられぬ思い、自嘲、詰問を、ことごとくその中に凝縮し、余韻嫋嫋(よういんじょうじょう)として、古今を震(ふる)わすのである。

総合的な鑑賞:

これは羅隠の贈答詩中の神品である。詩全体四句二十八字、旧(ふる)き歌姫との再会を端緒として、己の不遇と相手の未嫁とを融合させ、詩人の運命の不公(ふこう)に対する深沈な悲慨(ひがい)と冷厳(れいげん)な問いを示している。

構造から見れば、詩は昔から今へ、人から己へと進む層次をなしている。首聯は「醉別」で過去を引き出し、「重見」で現在へと引き戻す。「掌上の身」の故事で雲英の今の姿を描き、下文(かぶん)への伏線とする。尾聯は雲英への賞賛から互いの運命への感嘆へと転じ、「我未成名」と「卿未嫁」とを対置させ、二人の悲劇を並列する。最後に「可能倶に是れ人に如かざるなるべし」の反語で詩を結び、前二句に蓄積された情感を一気に打ち破る。二聯の間、過去から現在へ、彼から此(こ)れへ、層を追って深まり、渾然(こんぜん)一体である。

主題の上では、この詩の核心は「人に如かざる」 の三字の逆説的意味にある。詩人と雲英、一人は才子、一人は佳人、本来なら社会の精華たるべき存在が、共に「成功」の圏外に排除されている。この「人に如かざる」は、本当に及ばないのではなく、世俗の基準が彼らを否定したのである。 詩人は自嘲の言葉をもって、この基準の荒唐無稽(こうとうむけい)をあばく。あの「人に如く」いう者は、結局のところ権謀術数(けんぼうじゅっすう)に長け、権勢に付和雷同(ふわらいどう)し、私利私欲に目がくらんだ者ではないか。真に才情(さいじょう)と気骨(きこつ)ある者が、かえって「人に如かざる」部類に帰せられる。この、逆説をもって本意を書き、自嘲をもって憤慨(ふんがい)を書く筆法こそ、詩の最も深い所以(ゆえん)である。

表現技法の上で最も心を打つのは、「賓(ひん)を以(もっ)て主(しゅ)を襯(しん)じ、双線並行(そうせんへいこう)」する巧妙な構想である。詩人が雲英を描くことは、彼女を描くとともに、己を描くことでもある。彼女の「掌上の身」を賞賛することは、己のまだ認められざる才情を暗示することでもある。彼女の「未嫁」を嘆くことは、己の「未成名」を悲しむことでもある。雲英の運命は、詩人の運命の鏡像となる。雲英への同情は、己自身への哀憫(あいびん)となる。 この、他人の杯(さかずき)を借りて己の塊磊(かいらい)を癒(いや)す書きぶりが、情感を直截(ちょくせつ)に流すことなく、かえって曲折(きょくせつ)の中で一層深く、一層人の心を動かすのである。

表現上の特徴:

  • 賓を以て主を襯じ、双線並行:雲英の運命を借りて、己の境遇を映し出す。人を憐(あわ)れむは即ち己を憐れむこと。彼を詠ずるは即ち己を詠ずること。
  • 反語(はんご)をもって結び、鋒芒(ほうぼう)内に斂(おさ)む:「可能倶に是れ人に如かざるなるべし」は自嘲をもって表し、実は世俗の基準への冷厳な疑問である。怨(えん)して怒(いか)らず、諷(ふう)して露(あらわ)れず。
  • 故事(こじ)の用い方適切、画面鮮やか:「掌上の身」に趙飛燕の故事を用い、雲英の軽やかさを描くとともに、なお風塵に在(あ)る無念さをも暗示する。故事の中に情あり、意味深長。
  • 言語簡潔、余韻悠長:二十八字の中に、追憶、賞賛、感慨、反語を含み、言葉尽きて意窮(きゅう)まらず。

啓示:

この詩は一場の再会を以て、一つの古今を貫く主題を語る。才と美貌は、必ずしも運命の通行手形ではなく、世俗の成功は、往々にして真の価値とは無関係である。

まず、この詩は我々に「成功の仮象(かしょう)」 を見せる。羅隠には才があり、雲英には美貌があった。しかし二人は共に「人に如かざる」部類に帰せられた。この「人に如かざる」は、彼らの敗北ではなく、この世界の敗北である。才が認められず、美貌が商品と化し、真の価値が踏みにじられる時、果たして誰が真に「人に如かざる」者なのか。詩人はこの一問をもって、あらゆる成功哲学の虚偽をあばいた。

さらに深く、この詩は「同じく天涯(てんがい)の淪落人(りんらくにん)」としての共鳴について考えさせる。詩人と雲英、身分は異なれど、境遇は似ている。一人は才高くして遇(ぐう)されず、一人は色芸優れて帰(き)する所なし。一人は科挙の場で幾度も敗れ、一人は風塵(ふうじん)を転々とする。彼らの再会は、運命に見捨てられた二人の互いへの映照(えいしょう)である。この「同病相憐(どうびょうそうあい)れむ」情感が、この詩を個人的な懐述(かいじゅつ)の域から引き上げ、普遍的な人間的関心(かんしん)を有するものとした。

そして最も人の心を動かすのは、詩中に込められた「自棄(やけ)に陥(おち)らぬ」尊厳(そんげん) である。詩人は己を卑下(ひげ)せず、天を恨み人を怨(うら)まず、ただ静かに「我未成名卿未嫁」という事実を述べ、「可能倶に是れ人に如かざるなるべし」の一言でそっと受け流す。この軽やかな一問の中に、自嘲も、甘んじられぬ思いも、憤怒(ふんど)もあるが、ただ自らを軽んじ自らを賤(いや)しむことはない。真の高貴(こうき)さは、世俗に認められるか否(いな)かにあるのではなく、不公に直面した時、なお保ち続けるあの清醒(せいせい)と傲骨(ごうこつ)にある。

この詩が描くのは、晩唐における一場の再会である。しかし、現実の中で不公に遭(あ)い、主流の価値観に見捨てられたすべての人々が、そこに共鳴を見出すことができるだろう。あの「我未成名」の嘆息(たんそく)は、無数の才ある士(し)の共通の心の声である。あの「卿未嫁」の哀憫(あいびん)は、すべての運命に裏切られた者の写し絵である。あの「可能倶に是れ人に如かざるなるべし」の反語(はんご)は、すべての清醒(せいせい)な者がこの世界に放つ、最も深遠(しんえん)な反撃(はんげき)である。これこそが詩の生命力である。二人の運命を描くが、読み解くのはすべての人の胸中(きょうちゅう)なのである。

詩人について:

Luo Yin

羅隠(罗隐 833 - 910)、浙江杭州富陽の出身で、晩唐の著名な文学者・思想家である。晩唐文学の重要代表として、羅隠は諷刺的な詩文でその時代に比類なく知られた。その詩は社会の闇を鋭く通俗的な言葉で直撃することが多く、現存する詩は五百首近くにのぼる。晩唐の詩壇では杜荀鶴・羅邺と並んで「三羅」の一人に数えられ、華美で退廃的な晩唐の詩風の中で独自の地位を築いている。

Total
0
Shares
Prev
雪 羅隠
xue · luo yin

雪 羅隠

尽く道ふ 豐年の瑞と豐年の事 何の若何ぞ長安 貧者あり瑞と爲す宜しく多かるべからず 詩句原文: 「雪」尽道丰年瑞,丰年事若何。长安有贫者,为瑞不宜多。 罗隐

You May Also Like